福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)776号 判決 1965年1月29日
被控訴人 古賀町商工協同組合
理由
一、控訴人が調味料の製造販売を業とする株式会社で、被控訴人が中協法に基づいて設立された商工協同組合(事業協同組合)であり、訴外溝口文次郎が被控訴人の組合員であること、被控訴人の代表理事長崎秀雄が被控訴人を代表し(この点は成立に争いのない甲第一号証によつて認める。)、昭和三十七年四月三十日同訴外人が同年五月一日から昭和三十八年四月三十日までの向う一年間、控訴人から調味料を継続して買受ける取引をなすに当り、同期間中の取引によつて同訴外人が控訴人に対して負担すべき債務につき、金三〇〇万円を限度として、控訴人との間に保証契約を締結したことは、当事者間に争いがないか、あるいは明らかに争いのない事実である。
二、ところで、控訴人は右保証契約は被控訴人の事業の範囲内の行為であると主張し、被控訴人はその事業の範囲外のもので、同保証契約は法律上無効であると抗弁するので判断する。
中協法に基づいて設立された事業協同組合は、同法に基づく、組合定款所定の事業(いわゆる法人の目的)によつて、能力の制限を受けることはいうまでもない。もつともある行為が定款所定の事業の範囲内にあるか否かは、事業協同組合の主観によつて決することなく、その行為が客観的に外形から観察して、定款所定の事業遂行上必要であるかどうかによつて決すべきであるが、商行為その他の営利行為を目的とする会社のように、原則として社員の資格に制限なく、定款所定の目的たる営業は、いわばたんに営利を目的づける徴表手段方法たるに過ぎないのと趣を異にし、組合員は組合地区内の小規模の事業者に限定され(中協法第八条第一項第七条第一、二項)、その事業は、1 生産、加工、販売、購買、保管、運送、検査その他組合員の事業に関する共同施設。2 組合員に対する事業資金の貸付(手形の割引を含む)及び組合員のためにするその借入。3 組合員の福利厚生に関する施設。4 組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上又は組合事業に関する知識の普及を図るため教育及び情報の提供に関する施設。5 組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結。6 定款で定める金融機関に対して組合員の負担する債務を保証し、またはその金融機関の委任を受けてその債権を取立てること。7 前各号の事業に付帯する事業。等に限定されていること(同法第九条の二以下参照)。その外中協法第一条及びその他同法の全体を検討すれば、ある行為が事業協同組合の事業の遂行上必要であるか否かを決するについては、会社の定款所定の目的に関する場合のように拡張解釈するのは相当でなく、中協法の条文及び事業協同組合の定款規定の文言に従つて、公正忠実に解釈するように努めなければならない。
ところで成立の争いのない乙第一号証(被控訴人の定款)によれば、被控訴人の事業として、その第七条に中協法第九条の二と同旨の規定があるところ(成立に争いのない乙第二、三号証を乙第一号証と対照すれば、右第七条は本件保証契約が締結された昭和三十七年四月三十日当時と、その後とでは、実質上の変更はなく、同条第三号の金融機関に多少の変更があるに過ぎない。)、本件保証は定款第七条、中協法第九条の二のいずれにも該当せず、これを客観的に外形から観察しても被控訴人の定款所定の事業の範囲内に属しないことが明白である。けだし、定款第七条、前記第九条の二によれば、被控訴人が保証をなし得るのは国民金融公庫その他定款所定の融機関に対する組合員の債務を保証する場合に限られ、右以外に、組合員のために組合員の債権者または債権者となるべき者に対して、保証をなし得る定款ないし法律の規定は存在しないのである。保証は保証料を徴する場合であると否とを問わず、保証人が保証債務という債務を一方的に負担する行為であり、保証人は主債務者に対し所定の求償権を取得するとはいえ、保証債務の額が著大であればある程、その財産の減滅を招来しないとも限らない危険な行為で、定款(中協法)所定以外に、事業協同組合たる被控訴人が組合員のためにその債権者に対し自由に保証をなし得るとすれば、組合員の相互扶助の精神に基づき、組合員のために必要な共同事業を行い、もつて組合員の自主的な経済的活動を促進し、かつその経済的地位の向上を図ることを目的とする被控訴人の事業目的(乙第一号証第一条、中協法第一条参照)は、その達成を阻害されるに至らないとも限らないのである。したがつて本件保証は被控訴人の事業の範囲外のもので法律上無効と解しなければならない。
控訴人は組合員のため、その債権者に対し保証をなすことは、組合員に対する資金の貸付に当ると主張し、資金の貸付という用語が、時に保証を包含する広義に解される場合のあることは否定できないが前記定款第七条、中協法第九条の二に使用されている資金の貸付という語句を控訴人主張のように解するのは前説示のとおり正当でないので、右見解は排斥する。
三、つぎに予備的請求について考察する。
中協法第四二条により準用される商法第二六一条第二項、第七八条第二項、民法第四四条第一項の規定により、事業協同組合の理事がその職務を行なうにつき、故意または過失により他人に損害を加えた場合に、同組合が賠償の責を負うには、理事の行為が必ずしも同組合の事業の範囲内のものであることを要せず、実質上(法律上)は事業の範囲外の行為であつても、その行為の外形から観察して事業の範囲内における行為と認められるものであれば足りると解するのが相当である。本件保証契約は被控訴人の定款(乙第一号証)第七条、中協法第九条の二の規定に照らし実質上被控訴人の事業の範囲外の行為で無効の契約であることは、前に説示したとおりであるけれども、被控訴人が組合員のために、その債権者に対し保証をなすことは、その行為の外形から観察して、被控訴人の事業の範囲内の行為と認められるので、本件保証は被控訴人の代表理事長崎秀雄がその職務の執行につきなしたものというべきである。しかして同代表理事には、本件保証契約が被控訴人の定款、中協法の規定に違反し実質上無効であることを、少くとも過失によつて知らないで締結したという、いわゆる契約締結上の過失の存することは疑いがないので、(この点原審証人小室与八郎、高森政雄、宮本幹男、原審及び当審証人津脇吉雄の各証言と前示乙第二、三号証参照)控訴人がこの保証を有効と信じたがために、訴外溝口文次郎と取引を継続し、よつて控訴人に損害を生じたとすれば、被控訴人は控訴人に対し保証の限度内において損害を賠償する義務があるとしなければならない。よつて右の点について考察すれば、(証拠)によると、控訴人は本件保証を有効であると信じたがために、かつこの保証があればこそ、昭和三十七年四月三十日をもつて取引期間が満了した訴外溝口文次郎との取引を同年五月一日から同三十八年四月三十日まで継続することを締約して、同訴外人に対し同三十七年五月一日から同年七月までの間調味料を掛売販売した結果、金三〇〇万円を越える売掛代金債権が存在するところその頃同訴外人は倒産して同訴外人からこれを現実に回収することは不可能であつて、売掛代金額相当の損害を被つたことが認められ、これに反する証拠はない。
被控訴人は、控訴人の同訴外人に対する売掛代金債権は現存するから控訴人に損害はないというけれども、控訴人が回収不能の債権を有することは、控訴人に前認定の損害が生じたことを妨げる理由にはならないので、被控訴人の主張は理由がない。
ところで被控訴人は、右損害について控訴人にも過失があるので賠償額について斟酌すべきである旨抗弁するので判断するに、(証拠)によれば、本件保証が中協法第九条の二、被控訴人の定款に違反して許されないことは、控訴人において少しく注意すれば判明する筈であつたこと、換言すれば本件保証契約の締結について控訴人にも契約締結上の過失があること、右のように少しく注意すれば保証が無効であることに気付いた筈であるにもかかわらず、あえて控訴人は溝口文次郎を介して被控訴人に対し本件保証を要求したため、被控訴人においてこれに応じて保証をしてやつたことの各事実が認められるので、以上控訴人の過失を斟酌し、被控訴人の賠償すべき金額は金一〇万円をもつて相当と認める。
よつて被控訴人は控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する損害発生後の昭和三十七年十月二日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべく、これ以外の控訴人の請求は失当であるから棄却。